18年度 優秀教員のことば

優秀教員に選ばれて嬉しいですか? — 物理工学科 高木 丈夫

5年ぶりの受賞となるが,今回は何の感激もない.むしろ自分と学生との関係が,自分が想定していたものと違っていたらしいことに驚きを感じてしまった.

授業方法は,教壇に立ってからの20年弱の間変えていない.教科書は使わない,ノートは授業中には演習問題を確認する以外は使わない,シラバスは事実上無視,シラバス通りになんて学生の理解度からして無理に進めることこそ問題と思う.授業のレベル設定は,概念的なことは旧帝大系の授業と同等に設定,計算技術などの数学的レベルは比較的易しく,試験の採点は厳しく.といったところ.とくに選択授業では,最初の2,3コマで受講するために必要な能力や粘り強さ(いわゆる根性)があるかを確認するレポートを課し,(と言っても,それまでの学習事項を切口を変えた出題として復習するだけ) 受講人数を半分以下まで絞り込んでしまうということをしている.まあ,院生時代からコロキウム等での講演は,研究室内で教員も含め1,2番に上手い,と言われていたし,授業は(チャント受講している学生には) 理解し易いと言われる.人に基礎レベルの物理を理解させることでは人後に落ちることは少ないと思うものの,そんな講義をする教員に対して,『よくぞこれだけの支持があった!』と思う.

おそらく支持してくれたのは,物理博物館に出入りしている学生(学芸員)の面倒をみている(いや物理的能力欠如を常に叱りつけている)ためと,半年間希望者に行った特別講義のためと思う.この講義は,以前優秀教員に選んでくれた学年(物理工学科第一期生,1999年入学) に対しても行ったもので,『物理工学科の教程(というか物理)全ての内容に対して質問を受け付け それを元に講義をする』というもので,理論,数学的技法,実験例もまぜこぜにして講義をするものである.この講義は,修学意欲が豊富な学生達からの講義依頼があった場合に,かつ,僕が受講者の,その意欲を認めたときに開講することにしている.もちろん教程表に載っていないものなので単位が出るわけではない.実はこの講義がやっていて最も楽しい.たとえ貧弱な才能であっても,それを垂れ流がすように,スピード感にあふれた授業をしないとやってる方も受講者も楽しくはないだろう.

さて,この特別講義受講学生への成績評価だが,1999年度入学生に対しては優を与えたい.このときは,講義するのが本当に楽しかった.質問だけで完全に講義を構成できて,質問に答えているうちに周辺分野に話題が移り,90 分の間に電磁気学,量子力学,統計力学,....をぐるぐる回って,このときの物理を話す楽しさは,研究分野の小さなワークショップで話しているときのそれと同じように,教えると言うよりは,いっしょに何かの問題を考えているような錯覚さえあった.そして彼らと一緒に美方高校で行った泊まりがけの学外公開講座の成功も忘れられない.だからこそ,この学年の優秀教員の称号だけは他の教員には渡したくなかったし,自分でも自信を持って受賞することができたのである.

そして今年度の学生への特別講義の成績評価は,学習意欲を買って温情で可である.彼らは質問をするだけの素地もできておらず,制約だらけの通常の授業をするよりしょうがなかった.そして,彼らに対する教育効果も教壇からはたいして認められなかったのである.(あんな程度で理解が進んだと思われては,講義は副作用のみだったことになる) だから,いったい僕の何が優秀教員として評価につながったのか,本当に理解に苦しむ.唯一,考えられることは,特別講義のみならず通常の授業においても『福井大学のレベルではなく,物理教程の標準的なレベルで学生を扱ったこと』なのではないかと思う.結構な数の学生は一人前に扱って欲しく,比較的高い設定目標に向かって努力をしたいのである.だから,こういう学生がいる限り高いレベル設定の授業は続けて行くべきであり,それが僕の役割なのだと思う.でも,そんな理由で選ばれたのだとしたら,少しばかり淋しいではないか.僕に投票してくれた学生達には悪いけれど,今回の受賞を喜ぶ気持ちにはなれない.今から20年後に,彼らが人にものを教える立場になって自分なりの理想とする教師像ができ上がったときに,やはり僕が優秀教員に相応しかったと思ってくれたら,そのときには本当に喜ぼうと思う.

最後に,以前に優秀教員制度のことを他大学の仲間に話したときの反応である.

「ナンセンスなことやってるね.」
「教育に意味があるのだろうか?」
「選ばれて嬉しいかなあ?」

そう!全くその通り,仲間たちの言いたいことが痛いほどよく解かった.そんな感覚をおそらくは持ちもせずに,この制度を実行せざるを得ない本学を気の毒に思うことも.『教育が意味を持つ』その状態に在ることが,既に問題を抱えているのである.ずいぶん遠い道のりではあるだろうけれど,

「教育はやっぱり無力だね.」

と笑いながら教員どうしが話せる日が,この大学にもいつか来て欲しいと思う.

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