19年度 優秀教員のことば

福井大学での教育に対する思い — 機械工学専攻 小寺 忠

定年を迎える年に、優秀教員に選んでいただいたことに感激しております。最終年度ですので「将来」の抱負は省かせていただき、私の経験が少しでも後進のお役にたてばと思って、「過去」を振り返らせていただきます。

1.まず、学生の実力を知ること

今回投票していただいた3年生に担当してきた科目は、1年生前期の「機械技術と社会」(必修)、1年生後期の「線形代数Ⅱ」と「数学演習Ⅱ」(共に必修)、2年生前期の「微分方程式」(必修)、2年生後期の「基礎振動工学」と「システム制御演習」(共に必修)、3年生前期の「機械力学」(選択)の合計7科目です。本当に密度の濃いお付き合いでした。最初の人文系科目を除いて残りはいずれも数学・力学系の科目ですので、計算の実力、基礎学力を高めることに力点をおいてきました。そのためには、まず学生諸君の基礎学力を知らなければなりませんが、各科目の最初の時間に行う演習(復習の問題)でそれがわかります。その愛すべき学生の実態を素直に受け入れるところからすべてがスタ-トします。

19年前に福井大学よりも偏差値が高い大学から赴任して、この実態を知ったとき、研究よりも教育に情熱を注ぐことを決意しました。ラグランジュではないが「もう研究はいい」と思うことさえありました。

2.医者のように

福井大学での19年のお付き合いの中で、「勉強しない学生はやめさせてしまえ」とか「できない学生はやめさせてしまえ」という声をよく聞かされてきましたが、40年前の大学生ならともかく、全入時代の大学生にこのような考えを押し通してよいのか、福井大学の存在理由を考えると、大いに疑問に思いました。ちょうど、医者が患者に向かって「健康でないものは来るな」と言ってしまえば、病院も医者も存在理由がないのと同じです。JABEEのいうところの「パラダイムシフト」が必要です。

私達は、因数分解もまともにできず、二次方程式もまともに解けない、そういう「患者」を治療し、健康にしてあげないといけないのです。そのためにはどうするか。数学や力学の科目には王道はありません。階段を一段一段上るが如く、一歩一歩山を登るが如く、少しずつ理解させていく以外に方法はありません。リハビリと同様、地道な訓練(ステップ・バイ・ステップの演習)以外に方法はありません。これには猛烈な時間と体力を使いますが、お金は使いませんし、逆に儲かりもしません。外部に対する大学の宣伝効果もありません。GPよりも遥かに重要なのに、科研はもちろんGPの範疇にも入りません。

私は、具体的には次のようにしてきました。

3.毎時間、演習を課す

演習は地道な訓練、リハビリですが、半年に数回の演習ではほとんど意味がありません。演習はあくまでも理解を助け、理解度をチェックするための手段ですから、講義の度にやらないと意味がありません。ただし漫然と毎回やってもだめです。フィ-ドバックが必要です。学生達がどこを理解していないのか、なぜ間違うのか、それをリアルタイムで教員が直接知らなくてはなりません。学生達は、分からないところが分からないということが多く、分かったつもりで解答します。そこを教員が演習の解答から見抜いて、分からせるように再度説明したり、間違いを訂正させたりして、理解するのを手助けしなければ、毎回の演習もあまり意味のないものになってしまいます。

演習は地道な訓練、リハビリですが、半年に数回の演習ではほとんど意味がありません。演習はあくまでも理解を助け、理解度をチェックするための手段ですから、講義の度にやらないと意味がありません。ただし漫然と毎回やってもだめです。フィ-ドバックが必要です。学生達がどこを理解していないのか、なぜ間違うのか、それをリアルタイムで教員が直接知らなくてはなりません。学生達は、分からないところが分からないということが多く、分かったつもりで解答します。そこを教員が演習の解答から見抜いて、分からせるように再度説明したり、間違いを訂正させたりして、理解するのを手助けしなければ、毎回の演習もあまり意味のないものになってしまいます。

「演習のやりすぎだ」「演習をやっても評価されない」「演習をやっても効果が見えない」というご忠告をいただいてきましたが、医者が患者の治療に心血を注ぐが如く、私はこの演習形式の講義を天命と思って福井大学赴任以前からずっとやってきました(前任大学では教育と研究を両立させることができましたが)。

4.ところで、講義は

講義では、自分の教科書を使用してきました。福井大学の学生には、その実力に見合った教科書が必要ということで出版してきました。今までに「線形代数」、「常微分方程式」と2種類の「機械力学」および2種類の改訂版を出版してきました。初めて執筆した当初は、教科書があれば板書を省けるので楽だと思っておりましたが、そうではありません。問題意識がない状態では、学生達はほとんど興味を示しませんし、予習もしてきませんので、眠気を誘うだけでしたので、結局板書で説明してきました。ところが、演習をやってみますと、講義を聴いた形跡のない学生が結構たくさん見つかります。ですから、いまは、【講義】プリントの空欄に板書をあえて記入させています。演習を解かせるという形式の講義も混ぜます。そして【講義】プリントのチェックも時々します。それによって全員が講義を聴いた形跡を残すようになりました。【講義】プリントにより、学生がどのように講義を聴いたか、聴いていなかったか、理解しているか、また理解していないか、誰が勉強熱心で、誰がそうでないかを知ることもできます。誰が孤独なのかを知ることもできます。

毎回の講義は60分行い、後の30分をそれに関連した演習に当てています。授業時間内にできない演習は宿題にしますが、それとは別に宿題も課しています。演習中は教室の中を見回りますので、学生はいくらでも気楽に質問してきます。殊更にいまはやりの質問カ-ドなどを準備するまでもありません。ましてや回答をホ-ムペ-ジで公開するなどという必要もありません。普段から双方向の授業になっていました。

これでは講義が進まないではないか、という人が必ず出てきますが、意外とそれなりに進んでいます。確かにもう少し進めたいが、自習や予習、復習の習慣がない今の学生諸君には現状で精一杯です。それは知識の詰め込みにさえなりません。学生が理解できないまま、未消化のままに進んでも意味がありません。

5.これからどうする

もし1回のおしゃべりだけですべて理解してくれる学生達がいたら、どれだけ授業が進み、どんなに研究に専念できて楽なことだろう、と思わないでもありませんでしたが、それは教育という観点では邪道ではないかと思います。何度も同じことを繰り返し、学生達の着実な成長振りを目にできたことは、教育に携わった者としてこの上ない喜びでした。

これからも機会があれば非常勤講師として福井大学の教育に少しでも貢献できれば、と思っています。また、過去の教育経験を活かして教科書のさらなる改訂などもやっていきたいと思っております。


学而不厭、誨人不倦

(自ら学ぶことを厭がらず、成果を人に教えることを倦まず。論語より)

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