23年度 優秀教員のことば

優秀教員に選出されて                 — 建築建設工学科 川上 洋司

次点にしても「優秀教員」に選出されたことは、素直に喜ぶべきなのかもしれないが、このことを機に思うことは、大学における教員としての「優秀」とは何なのかということである。「優秀」というものが、被選出者である我々大学教員の中で明確なコンセンサスを持ち得ているのか、もっと問題なのは投票する側である学生にとって「優秀」な教員の要件なり資格なりを十分に斟酌して投票しているのかということである。学生個々人にとって、教員の「優秀さ」の評価軸は多様であってしかるべきではあるが、個々人が明確な自らの評価軸を持たず、またおぼろげに持っていたとしてもそのフィルターを通さずに投票している(その可能性大?)とすれば、選出された者としてはなぜ選出されたのか、どういった点が「優秀」とみなされたのかということから考えざるを得ない。こうしたことを改めて考える機会そのものが「優秀教員」制度の意義なのかとも思う。

改めて自らのことを考えると、パワーポイントを用いてほとんど一方的にしゃべるというスタイルで、特段に工夫をこらした講義をしているわけでもない。少なくとも教育技法という点では、残念ながら他の先生方に参考にしてもらうようなことは思いつかない。敢えてあるとすれば、これも多くの先生方が実践されていることと思うが、唯一担当している数理系の必修科目(計画数理)において、毎回課題を出し、翌週の提出時にその解説を行っていることぐらいである。

ただ、“社会と直接接する高等教育機関としての大学”の“講義”ということを常に意識し、真摯に講義を行っているつもりではある。その上で、理解したように思わせるのでもなく、またこちらがしゃべること全てを理解しろというのでもなく、講義科目(特に計画系)に関して私自身が大事だと思うことを投げかけ、その中から学びたいと思う者が何かを感じ、自らその何かを自らのものにすることになればいいというスタンスを大事にしている。大学の講義のあり方としての私なりの思いであり、約40年前の学生時代を振り返って、自分が思う「優秀教員」と呼ぶに相応しいかつての先生方の講義から学んだことでもある。今の学生にとって相応しい講義のあり方ではないかもしれない。しかし、こうした講義をする者の思いを少しでも感じて投票してくれた学生がいたとすれば、「優秀教員」として選出されたことを素直にうれしく思うのだが・・・。

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