24年度 優秀教員のことば

「日頃の教育について思うこと」              — 建築建設工学科 小林 泰三

この度、優秀教員の一人に選ばれたとの連絡を受け、大変うれしく思います。私の理想は最近話題のサンデル教授の白熱講義ですが、理系科目での実践は甚だ難しく、サンデル教授とは似ても似つかぬしらけた授業を展開しているのが実情です。選出して頂いた理由として「声が大きい」のと「着任 2 年目の教員で目新しかった」くらいしか思いつかないのが正直なところです(つまり、本質的ではなく感覚的理由?)。ただし、「学問の面白さを共有したい」という熱い気持ちだけはサンデル教授にも負ける 気がしません。その部分が多少でも伝わっていたとすれば、まずは最低限クリア?と言いたいと思いま す。

さて、自分の学生時代を思い返すと、日頃の学業に関しては特に力を入れていたこともなく、講義風景も断片的なものしか記憶に残っていないようなお粗末さです。そのまま惰性で修士課程に進学したものの、このままではよろしくないと決意し、遅蒔きながら数学と力学系専門科目を独学で猛勉強し直した経験があります。そのときに人生初めて「学ぶ」ということ、そして「わかる」ということの面白さに気付いた次第です。

独学中にとったノートは今でも残していますが、そこに書かれているのは公式や数式の羅列でもなく、寄せ集めたテキストの抜き出しコピーしでもなく、理解に至る過程の脳内の実況中継のような文章です(よって恥ずかしくて他人には見せられません)。「ひと月もすれば内容を忘れるだろうから、理解できた瞬間のイメージをそのまま残しておこう」と思ったのがこのようなノートを作るきっかけでした。つまり、後で見直したときに、すぐにそのときのイメージや感覚が舞い戻るような仕組みを作っておこうと思ったわけです。この独学体験を通じて、テキストに書かれている文書や数式は抽象的な概念であ って、それを自分なりに具体的なイメージや感覚に翻訳することが「勉強するということ」に他ならな いと思うようになりました。これは、小難しい哲学書などを読む場合にも同じことが言えると思ってい ます。概念をイメージに翻訳するには頭を使いますので、自ずと理解が進みます。と同時に理解できて いない部分が明らかになって、いよいよ勉強意欲が増すようになります。現在、学生には「教員の板書 やテキストの内容そのままノートに写したってあまり意味ないよ。自分の言葉に翻訳して書きなさい。 それができないなら理解していない証拠だよ」とよく言います。

90 分の講義で「本当にわかる」という段階まで学生を持って行くのは土台無理な話なのかもしれません。学ぶ内容も大切ですが、特に学部生の授業においては学問の面白さに気づくきっかけを与えてあげることが一番大切なのではないかと思っています。教育者の役割が学生の「翻訳作業」をお手伝いすることにあるとすると、指導者自身の持っている翻訳イメージの質やストック、バラエティは極めて重要なツールとなるはずです。今思えば、講義のために毎回このツール開拓には力を入れてきた気がします。それが教育者としての個性となり、延いては、問題解決能力や発想力に優れた人材の育成つながると信じて、今後も私自身の翻訳ツールの質向上と増築には最大限努力していきたいと思います。

 

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