27年度 優秀教員のことば

チョット飽きが来た,このエッセイを書きながら思う         — 物理工学科 高木 丈夫

今年も,このエッセイを書く時期になった.この機会に,今までに記憶に残った3つの授業について述べてみたい.

 

最初は,小学3年生の事である.「さんすう」の時間,突然に開平法の計算を教えられた.クラスの中で興味を示し,その後にいろいろ計算して楽しんだのは僕だけだと思うが,それまでの授業とは極めて異質でワクワクしたものである.

今の時代で,こんな事をしたらどうなるかと思うが,当時の青森の農村の小学校に,(田舎だったからこそ適職もなく)力を持て余していた人たちが居て,退屈でこんなことしたのだと思う.

次は,高校2年の数学の時間である.最初の微分法の説明で,「大学では微分法をこの様に扱う.」と言って,ε-δ形式での説明を始めた.(ε-δ形式が分からない人は調べてみてね!)コレには本当に驚いた.高校物理と言えども,最初から微積分で扱う方が見通しが良いわけで,数学で微積分を習うより先に,物理を扱うための「出自が物理」の微積分は独習済であった.しかし,これは本当に数学としての微積分である.当時,大学で数学を専攻するか,物理を専攻するかを迷っていたのだが,「自分は数学を専攻としてはいけない.」ということが明確に判った.この1コマの授業は,自分に正しい選択を与えてくれた貴重な授業であった.

最後は学問的な話では無いが,高校3年のとき毒気たっぷりの授業をする教員が,「ダメな人間は,たった今すぐダメになった方がよい.後になるほど回復が難しい.」と言い放った.酷いことを言うなあ,と当時は思ったものの,大学に進んでから今まで,見回してみると,確かに正しい格言ではあった.

そのあと,高校を卒業し,大学や大学院で学びはした.しかし,そこで学んだことはその当時の授業や知識の延長上のものでしかなく,上記3件以上のインパクトを与えるものでは無かった.

 

今年も優秀教員に選ばれて,自分の今までの教育的方針を思い返してみるに,やはり上記3件の出来事は,教壇に立つに当たっての心構えに強く影響を与えている.

僕の授業方針は,

である.しかし,授業内容とは別に,必修科目での現役生合格率が 1/3 という授業をしながら,優秀教員に選んでくれる物理工学科の学生たちこそが,本当は褒められるべきなのだと思う.

 

さて,どのような階層の学生が僕に投票してくれているかは想像がつくと思うが,昨今の僕への票の集まり方や学生の学力低下からして(コレは本学だけの問題ではないが),そろそろこのエッセイを書く機会は終わりになるのではないか,と感じている.それならば退屈しのぎに,パワーアップしたヒールに転じて教壇に立とう.ベビーフェースは,僕には役不足だし,役回りでもなさそうだ.

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