28年度 優秀教員のことば

教育を考える:The Answer is Blowing in the Wind      — 材料開発工学科 飛田 英孝

子供の頃、なりたくなかった職業は、警察官と教師。警察官は父親の職業だったこともありますが、とにかく「権威」や「立場」で支配する人間が子供の頃から大嫌いでした。学校の先生というのは、生徒にとっては「権威」の象徴、私にとっては日々向き合う「敵」でした。中学では自分たちの意志で始めた募金活動に教師たちからクレームが付いたことに対し、高校では遠足が一方的に中止されたことに対し、職員室に話し合い(気分的には殴り込み)に行きました。些細なことですが、私にとっては「闘争」でした。結局、募金問題では新聞社に募金を届け、遠足問題では自主企画を立て、貸切バスで日曜にクラス全員で日帰り旅行を決行し、小さいながらも達成感を味わいました。

 

学校は十分に民主的か?

民主的市民を育むべき学校は民主的な場所でしょうか。教師という権力は、間違って行使すれば暴君になります。スタンフォード監獄実験にもあるように、ただの実験と頭では理解していても「看守役」は、看守らしい振る舞いになってしまうもの。無批判に教師らしい振る舞いをすれば、相手のことを理解しようとせずに一方的に自分を理解させようとするハラスメントになるかも。民主的市民を育むべき学校が非民主的なのは矛盾ですよね。

18歳からの参政権が導入されましたが、学校教育に必要なのは、生徒や学生が自分の頭で考えて行動する体験を通じて、自分達には(自分自身を含め)何かを変える力があることを実感できる環境を創り出すことではないでしょうか。

 

Bob Dylanとノーベル賞

Bob Dylanのノーベル文学賞には様々な批判もありました。「Bob Dylanにノーベル賞は必要ないが、文学界にノーベル賞は必要である」といった言説もありました。確かに、普段脚光を浴びないマイナーな文学にスポットライトをあてるという意義はあると思います。でも、忘れてはいけないのは、文学界という業界のためにノーベル賞があるのではなく、人類のためにノーベル賞があるということ。

格差社会、宗教対立、移民問題、トランプ現象・・・、今、世界は分断の危機にあります。価値観の異なる他者といかに良きつながりを創出するか、それが人類の叡智であったハズです。私には文学的価値は分かりませんが、Bob Dylanの詩には人類的問題に気付かせてくれる力があると思います。そして、The answer is blowing in the wind. 答は自分自身で事実をしっかり見て考え続ける。(Theorem [定理] は、ギリシャ語の「良く見る」に由来するってご存知でしたか?)確かにBob Dylanにとっては、ノーベル賞は不必要です。だから、彼は授賞式を欠席しました。でも、今、世界はBob Dylanの詩を必要としている、だから彼にノーベル賞を贈ったのではないでしょうか。

 

Teaching から Learning

「啓蒙とは何か。それは人間がみずから招いた未成年の状態から抜け出ることだ。未成年の状態とは、他人の指示を仰がなければ自分の理性を使うことができないということである。」(@カント「啓蒙とは何か」)「啓蒙」のところは「教育」と置き換えても良いでしょう。教育の本義は、成熟した大人に育てること。成熟とは、ベルクソンの言葉を借りれば「自分自身を永遠に創造し続ける」こと。古今東西、偉大な思想家たちが繰り返し語ってきたことは、学ぶことが人間にとって死活的に重要であると言うことです。

教師が主人公である教育は無意味です。学びは学習者のためにあります。論語にある「学而時習之 不亦説乎」 いろんな解釈が可能ですが、私は安冨歩先生にならって、次のように解釈しています。「何かを学んで、それがある時、ふと腑に落ちて自分の力になったなって感じる。それって、楽しいことですよね!」この感覚さえ身につけることができれば、教育は大成功と言えるのではないでしょうか。

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